ぼくの妻は、女医

フルタイム医師夫婦による、4児の子育てカルテ

ぼくの妻は女医 ~フルタイム医師夫婦による、4児の子育てカルテ~

多忙と引き換えに、医者が失うもの

激務の消化器内科医が自殺した報道を受けて、

SNS界隈では「俺の方が忙しかった!」

だのなんだの騒がれている。

 

ある程度ハードなトレーニング期間が無いと

医者として始まらないぞとも思うが、

医者の「忙しい」って異常だと思う。

 

僕にもそんな時期があった。

 

24時間365日オンコールで、

早朝から夜10時まで働き、

ようやく家に帰れたと思ったら、

深夜2時に救急科から呼び出され、緊急手術。

そのまま朝の業務が始まるなんて日が連日連日続き、

疲労困憊、食事しながら寝てしまう生活を、

しばらく続けていた。

 

常に呼び出しがあるので、

僕の好きな銭湯や映画館には行けず、

友人と会食は予約しても、

だいたい仕事でドタキャンしていた。

残業手当は出なかったが、

毎回出勤時にタイムカードを切っていたら、

上司に労働基準法違反になるから

正直に出勤記録するなと注意を受けた。

 

さらに、今でも忘れない、

最凶のハラスメント上司がいて、

暴行まで受けたので、

ついには病院から逃げ出したことがあった。

あのときの、声が出なくなって、

自然に涙が溢れ出す日のことは、

今でも決して忘れないし、許していない。

 

上司が魅力的であれば、

どんなに忙しくても苦ではなかったけど、

上司になんの魅力もなく、理解もなければ、

自殺してしまう気持ちは良くわかる。

自殺した医者も、

周りの人的環境に恵まれなかったのかもしれない。

 

僕が一貫して、後輩に伝えているのは、

辛くなったら逃げ出せ

 

実際、以前、

抑うつ的になっていた初期研修医から

個人的に相談を受けた際、

「人間だれでもストレスから身を守るがあるけど、

 その壁の厚さは人それぞれ違う。

 大事なのは、壁が破れる前に逃げ出す事だ」

と伝えたら、

その研修医、翌日には本当に逃げ出した。

なんの挨拶もなく、

冗談みたいにある日突然いなくなった。

僕が想像していたよりストレスがかかっていたんだろう。

今どこかで達者に過ごしていることを祈ってる。

 

渋谷 カフェ

渋谷のカフェにて

 

話はそれたが、この超絶多忙な期間のおかげで、

ある程度肝が座った。

一般的な腹部外科手術で困ることは無くなったし、

目の前で患者が心肺停止になっても

一連の蘇生処置で自分の心拍数は上がらなくなった。

他診療科からの依頼も増えた。

可愛い後輩が外科を志望してくれるようになった。

 

ただ、失ったものも大きかった。

当時結婚したばかりの妻は、

食事や掃除や買い出しをしてくれていたが、

せっかく作ってくれた食事は、

食べている最中に寝てしまうし、

掃除された事には気づかなかったし、

買い出しも何が購入されたのかわからなかった。

そもそも家にあまり帰れなかったが、

帰宅しても妻の顔も見ぬまま

玄関の床で寝ていたこともあった。

 

本来もっと感謝すべきだったのに、

まぁ悪く言えば「妻どころじゃなかった」のだ。

 

そんな僕に心底嫌気が差したんだろう。

未だに、あの多忙な時期について

恨みがましく語った後に、

「だから私はもうあなたの為に家事はしないって決めたの」

としつこく決意を伝えてくるのだ。

 

あの時の借りを返すつもりで、

心機一転、妻に尽くそう!

と心に決めてから早1年半。

未だに状況は変わっていない。