風呂に浸かりながら、
あぁ、妻は短編小説なんだなぁ
とふと思った。
妻から無慈悲な言葉の暴力を受け、
周囲への告げ口外交が始まり、
僕は完全に消沈していた。
例によって、妻はしばらくすると、
平常運転に戻っており、
どうでも良いゴシップネタや、
本日の子供たちのニュースを、
愉快に話してくるのだが、申し訳ないが、
それに笑顔で対応できるほどの切り替えがまだ出来ない。
散々な事を言われ、まだ回復していない。
人生は長編小説なんだから、
一つ一つ問題を解決して前に進み、
一つの大きな物語を完成させなければならない。
一つの問題を解決せず、
そのまま次の章に進むことは出来ないのだ。
しかし、先日思ったが、
どうやら、妻は短編小説らしい。
ある章が終われば、次の章との繋がりはないようだ。
一つの章は、バッドエンドになることもあるが、
文字数制限が来たら、強制的に章は終わり、
次の新しい章がまた始まるようだ。
ちなみに、一つのストーリーとして
進行しているわけではないので、
なにかの拍子に「第◯章では、こんなひどい事された」
などと、急に解決されていない別の章が思い出され、
発狂したりする。
昔の問題を思い出して、仮に今解決させたとしても、
それは本章での物語での話であり、
過去の章が書き直されることはないので、
妻は永遠に過去の出来事を忘れることもないのである。

関係ない話だが、
妻が、僕の妹に、小説をプレゼントした事があった。
その小説には妻の手紙が添えられており、
「出産おめでとうございます。
早く元気になれるように、
私の好きな小説をプレゼントします。
私は読んでいないので
内容はわからないのですが、(以下略)」
という妻の言葉が書かれており、妹は
「私は読んでいない!笑
どういうことだ、なんでプレゼントした笑」
と大爆笑していた事があった。
あれは、一体なんだったんだろう。
妻にとって、小説の内容は
さほど重要ではないという事だろうか。